Tuesday, December 8, 2009

作成物語#1 学習パターンの目的を考える(2008年5月28日)

学習パターンプロジェクトは、2008年5月に始動した。プロジェクトの構成メンバーは、井庭研究会の有志の学生たちである。実は、学内でメンバーの公募をしたのだが、パターン・ランゲージとは何かということがうまく伝わらなかったためか、ほとんど反応はなかった。そのため当初プロジェクトの立ち上げは難航したが、最終的には、パターン・ランゲージの研究の経験があるメンバーを中心として、井庭研のメンバーが7人ほど関わることになった。各メンバーは、自らの個人研究を抱えながらも、この活動に参加していくことになる。

手元にあるログのなかで最も古い 2008年5月28日の活動から見ていくことにしよう。この日の参加者は、加藤 剛、小林 佑慈、青山 貴行、吉田 真理子、下西 風澄、水野 大揮である。井庭は、学生たちの自発的な活動が望ましいと考え、この段階の議論には参加していない。かわりに、大学院生の西田 亮介がサポートとして参加した。

この日は、学習パターンの目的について議論し、次の3つの目的があるという結論に達した。

(1)創発的でダイナミックな科目編成・履修を目指し、既存の学問分野を超えた自分らしい問題意識(研究)を発見させる
(2)カリキュラムにおける教員の意図と学生の認識のギャップを埋める
(3)抽象的な学問論と具体的な科目群の間をつなぐ

そして、学習パターンの対象が誰なのかについても話し合われた。結論としては、新入生のみならず、SFCの学生全員が対象だということになった。SFCにはやりたいことに没頭できている人と、浅く幅広く学んだ結果深いものを得られない人、何をやりたいか分からない人など、いろいろな人がいる。しかも、やりたいことが「見えている」と思っている人も、実際には自らの問題意識から研究を選んでいるというより、研究会という与えられた枠の中での考えに終わっている人も見受けられる。そう考えると、自分の興味・関心を踏まえて研究会を選ぶということだけでなく、研究会に参加している間も自分と研究会との関係を見つめ直すことが重要となる。そのため、学習パターンは、新入生だけでなく、全学年の学生が使えるようにデザインする必要がある、と考えたのである。

以上を踏まえた上で、まずは、(2)カリキュラムにおける教員の意図と学生の認識のギャップを埋める、に注目して、話し合いが展開されることになる。

Monday, December 7, 2009

作成物語#0 カリキュラム委員会への提案

学習パターンがいかにしてつくられたのかを語るにあたり、今回は、学習パターンの作成に至る経緯を紹介したい。


学生の学びの支援のために「パターン・ランゲージ」を用いる、というのは井庭 崇(慶應義塾大学総合政策学部専任講師)の発案である。当時カリキュラム委員であった井庭は、学生の履修のナビゲーションの仕組みをつくる担当だった。ここで、なぜ学習パターンのような新しいタイプの支援が必要だと考えたのかは、SFCのカリキュラムの特徴に密接に関係している。


最終的に出来上がった「学習パターン」はSFC外にも通用する一般的なものになったが、パターン・マイニングとパターン・ライティングのプロセスを振り返ると、SFCという具体的な対象を想定したという点は非常に重要なことだと思われる。そこで、以下では、SFCカリキュラムの特徴について説明しておくことにしたい。キーワードとなるのは、「研究プロジェクト中心」と「学年にとらわれない科目履修」である。

SFCでは「研究プロジェクト中心」というスローガンのもと、学生は学部1・2年生の段階から、興味・関心に応じた「研究プロジェクト」(科目では「研究会」という場が提供されている)に参加し、その知的活動を中心として学びを構成することが奨励されている(ここでいう「研究」とは、いわゆる学術研究にとどまらず、社会的活動や芸術的な制作も含まれている)。通常の大学・学部であれば、低学年のうちは教養科目を履修し、3年生もしくは4年生になって研究室に所属して卒論を書く、というのが一般的だろう。しかし、そのような基礎→応用というパスではなく、「最初から実践的コミュニティに所属しながら学ぶ」というのが、いまのSFCの特徴なのだ。その意味で、アウトプット志向の学びが目指されているといえる。


そして、「研究プロジェクト中心」の方針を支えるカリキュラム上の仕組みが、「学年にとらわれない科目履修」である。研究活動に必要な知識やスキルは、自分にとって適切なタイミングで学ぶことが望ましい。何に使えるかわからないのに将来のためにただ学ぶというのではなく、興味・関心や必要性に応じて学ぶ。そのためには、科目は学年で縛られていてはならない。だから、科目履修の条件から学年という要因は排除されている。誰もが必要なときに必要なものを学べるという環境を、SFCは制度としてつくっているのである。


すべての学生に、このような自由度が与えられているからこそ、学生が「自らの学びをデザインする」コツをいかにして獲得するのか、という問題に取り組まなければならない。たしかに、放っておいてもできる学生はいる。しかし、どうやればよいかわからず悩む学生も少なからずいる。そのため、「研究メンター制度」等がセットで提供されていて、試行錯誤を手助けするようになっている。


このような制度があった上でも、井庭が依然として足りないと考えたのが、学びをデザインするための「言語」であった。従来のような学年進行のカリキュラムであれば、教員が考えたレールに乗って進んでいけばよい。しかし、SFCでは学生自身が自らの学びをデザインすることが不可欠である。そのため、学びについて「考える」ための手段、「語り合う」ための手段 –––– 「思考・コミュニケーションのビルディング・ブロック」といってもいいだろう –––– が不可欠であると考えたのである。


そのような言葉/ブロックを組み合わせながら、ああでもない、こうでもないと考えたり、語り合ったりすることを支援する。しかも、学生の多様性に対応でき、学生自身の創造性を削がないかたちで言語化することが大切だ。このような問題意識のもと、学びのコツをパターン・ランゲージによって記述するという発想に至ったのである。


そこで井庭は、カリキュラム委員会において、パターン・ランゲージの考え方にもとづく「学習パターン」の制作・配布について提案した。以下は、2008年初旬に委員会に提出した資料からの抜粋である。



学習パターンのカタログ配布

学生の多様な状況・将来像に合わせて適用できるようにするように、「身に着けたい能力」と「そのための学習・履修計画案」をパターンとして記述。

● 学習パターンは、次の3つのレベルのものを設定する。

・「将来像につながる包括的なパターン」(マクロ):科目20個程度
・「目的に応じた能力向上のためのパターン」(メゾ):科目5~10程度
・「履修方法に関するパターン」(ミクロ):履修順序などのコツ


(中略)

【補足】 「学習パターン」(Study Patterns)とは

● 「身に着けたい能力」と「そのための学習・履修計画案」をセットで提示する。

● 問題解決の支援手法「パターン・ランゲージ」の考え方(後述)を援用している。
→ 以下で用いる「パターン」という言葉は、単なる「模様」「規則性」という意味ではなく、「当該分野で頻出する問題(目的)と解決の組み合わせ」という「パターン・ランゲージ」特有の意味で用いる。

● 学生の多様な状況・将来像に合わせて適用できるようにする。

● 学習パターンでは、次の3つのレベルのものを設定する。


・「将来イメージにつながる包括的なパターン」(マクロ)
・「能力向上のためのパターン」(メゾ)
・「履修方法に関するパターン」(ミクロ)

● どの状況における、どのような問題・目的のための情報なのかが明記されるため、学生の選択が行いやすい(バージョン2.0のクラスターとの差異)。

● 学習パターンは、基本的には以下のような情報が盛り込まれている。





これらのパターンが組み合わさって、ひとつの体系をつくる。これが、学習を支援するパターン・ランゲージとなる。

● 学習パターンには、その内容から3つのレベルがあり、それらは相互に関連している。




(中略)

パターン・ランゲージは、いわゆる「マニュアル」とは異なります。パターン・ランゲージでは、唯一の答えが提示されるのではなく、代替的な選択肢も示されます。また、小さな単位でまとめられており、ユーザーがそれらを取捨選択して、自分の状況に合わせて考えることが求められます。つまり、ユーザーの主体的で創造的な意思決定を尊重する方法なのです。このように、パターン・ランゲージの方法では、単に個人の能力やセンスに任せるだけという無責任は方法ではなく、過去の先人の知恵・経験を踏まえて記述されたコツを活かしながら、個々人の能力やセンスをも許容するような方法が実現できます。履修ナビゲーションにおいては、多様な興味・関心をもつ学生の主体的な選択を支援することが重要となるため、この方法が適していると考えます。



この抜粋をみてわかるように、「パターン・ランゲージによる支援」ということは掲げられているが、この段階(2008年1〜3月)で想定されていたパターンの内容は、最終的に「学習パターン」としてまとめられたものとは、まったく異なるものであった。ここでイメージされていたのは、SFCのカリキュラムに強く特化したパターンであり、「学び」のコツというよりは「科目履修」のコツであった。また、将来像をベースとしたモデルケースを提示するというのに近い。「学習パターン」の訳語として、現在のような「Learning Patterns」ではなく、「Study Patterns」をあてているというのも、この段階での方向性を象徴的に表している。


当初のアウトプットイメージがこうであった以上、この後すぐに立ち上げられる「学習パターンプロジェクト」は、この方向性にもとづいて進められることになるのである。これが、学習パターン作成の出発点であった。

Sunday, December 6, 2009

学習パターンの現状(2009年12月現在)

学習パターンの作成物語に入る前に、学習パターンの現状について、簡単にまとめておくことにしよう。

学習パターン(Learning Patterns)は、もともとは、慶應義塾大学SFC(湘南藤沢キャンパス)にある総合政策学部と環境情報学部、政策・メディア研究科で学ぶ学生を支援する目的で作成されたものである(これらの学部・研究科には、合わせて約4千人の学生が在籍している)。

2009年4月には、新年度・新学期の公式な学事配布物として、学習パターンの冊子『Learning Patterns: A Pattern Language for Active Learners at SFC 2009』が配布された。A5サイズの黒い表紙の冊子で、見開き2ページに1パターンずつ掲載されている。




この冊子には、学習パターン・カタログのほかに、「科目履修と学習パターン」や「SFCらしい学びのための文献案内」という内容も含まれている。「科目履修と学習パターン」では、SFCカリキュラムの科目群別に、どの学習パターンが深く関係しているかがまとめられている。「文献案内」では、私たちのおすすめの文献を掲載した。

2009年4月中旬には、学習パターン ホームページの公開が始まった( http://learningpatterns.sfc.keio.ac.jp/ )。このサイトでは、上記冊子のPDFファイルがダウンロードできるほか、パターン名とイラストによる一覧ページや、関連パターンへのリンクなど、Webならではのナビゲーションが加えられている。



2009年9月から、Twitterによる学習パターンの配信を開始し、毎日ひとつずつ学習パターンを紹介している( http://twitter.com/LPattern )。12月6日現在では、480人にフォローされている。



上述のSFC配布版では、No.1からNo.3のパターンが、SFCに特化したパターンになっている。具体的には、No.0の「学びのデザイン」を特徴づけるかたち(構造)で、No.1「SFCマインドをつかむ」、No.2 「研究プロジェクト中心」、No.3 「SFCをつくる」がある。そして、この3つのパターンこそが、学習パターンとSFCを結びつける役割(機能)を担っている。



しかし、この3つのパターン以外の学習パターン(37個)は、SFC学外の人にも十分通じる内容になっている。このことには、私たちも作成段階から気づいていたが、まずはSFC版をつくる、ということに専念していた。ごく最近、その3つのパターンを一般向けに置き換えたバージョンを作成した。

2009年11月下旬に開催されたSFCの研究公開イベント Open Research Forum (ORF) 2009では、No.1〜No.3のパターンを一般向けに変更して収録した冊子『Learning Patterns: A Pattern Language for Creative Learners 2009』を配布した。SFC版同様にA5サイズだが、今度は表紙の色は白。冬バージョンということで Snow White Edition と呼んでいる。



この冊子では、SFCに特化していた3パターンが、No.1 「学びのチャンス」、No.2 「創造的な学び」、No.3 「学びをひらく」に置き換えられている。



現在は、各パターンに、帰結(Consequence)という項目を加える拡張を行っている。これは、パターンを適用したときに想定されるポジティブや帰結と、副作用として考えられるネガティブな帰結について説明するという項目である。そして、英語版冊子の作成に向けて、翻訳作業も進めているところだ。以上が、学習パターンについての現状である。

Saturday, December 5, 2009

パターン・ランゲージと学習パターン

学習パターンは、「パターン・ランゲージ」(Pattern Language)という考え方にもとづいてつくられています。パターン・ランゲージは、建築家のクリストファー・アレグザンダーが提唱した知識記述の方法です。アレグザンダーは、建物や街の形態に繰り返し現れる法則性を「パターン」と呼び、それを「言語」(ランゲージ)として記述・共有する方法を考案しました。彼が目指したのは、街や建物のデザインについての共通言語をつくり、誰もがデザインのプロセスに参加できるようにすることでした。

パターン・ランゲージでは、デザインにおける多様な経験則をパターンという単位にまとめます。パターンには、デザインにおける「問題」と、その「解決」の発想が一対となって記述され、それに名前が付けられます。パターン・ランゲージの利用者には、自らの状況に応じてパターンを選び、そこに記述されている抽象的な解決方法を、自分なりに具体化して実践することが求められます。

パターン・ランゲージを記述・共有する意義は、大きく分けて二つあります。一つは、熟練者がもつ経験則を明文化しているので、初心者であっても、洗練されたやり方で問題解決ができるようになるという点です。もう一つは、デザインに関する共通の語彙(ボキャブラリー)を提供するので、これまで指し示すことができなかった複雑な関係性について簡単に言及できるようになるという点です。

このようなパターン・ランゲージの考え方は、建築の分野以外でも、ソフトウェア開発を始めとして、インタラクション・デザインや組織デザイン、教育のデザインなどに応用され始めています。パターン・ランゲージの考え方は、実践知を共通言語化する方法として、今後もいろいろな分野へ応用されると考えられます。

「学び」の実践知をパターン・ランゲージとして記述したのが、学習パターンです。学習パターンは、世界で初めての「学び」の支援のためのパターン・ランゲージなのです。

学習パターン ブログ、始めます。

創造的な学びのためのパターン・ランゲージ「学習パターン」(Learning Patterns)について語るブログを始めます。

学習パターンは、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)「学習パターン・プロジェクト」によって作成されました。学習パターン・プロジェクトのミッションは、かなり自由度が高いSFCカリキュラム(未来創造カリキュラム)のもとで、学生が自分自身の学びをデザインしながら学ぶことを支援することでした。 学びのデザインのコツをマニュアル化せずに伝えるために、「パターン・ランゲージ」の記述方法をとることにしました。これにより、学生自身が考えるチャンスを奪うことなく、しかも多様な状況に対応することができるようになると考えました。

学習パターンと、それを収録した冊子『Learning Patterns: A Pattern Language for Active Learners at SFC 2009』は、井庭 崇 総合政策学部専任講師の指揮・監修のもと、加藤剛、小林佑慈、三宅桐子、下西風澄、花房真理子、四元菜つみ、飯田麻友、坂本麻美によって制作されました。このブログでは、その作成過程についても紹介したいと思います。作業や議論の内容だけでなく、途中段階での成果物や活動写真なども交えて、詳細に記していきたいと思います。パターン・ランゲージをつくった一事例として、今後の参考になれば幸いです。

また、このブログでは、各パターンの背後にある考え方や、それに関連する文献などを紹介していきます。学習パターンは、パターン本体だけで活用できるようにつくられていますが、本ブログで紹介する考え方を理解すると、さらに深い理解が得られるでしょう。

本ブログについての感想やコメントは、ブログのコメント欄に記入するか、 学習パターンプロジェクトまでメールでいただければと思います(アドレスは、こちらに記載)。