Monday, December 7, 2009

作成物語#0 カリキュラム委員会への提案

学習パターンがいかにしてつくられたのかを語るにあたり、今回は、学習パターンの作成に至る経緯を紹介したい。


学生の学びの支援のために「パターン・ランゲージ」を用いる、というのは井庭 崇(慶應義塾大学総合政策学部専任講師)の発案である。当時カリキュラム委員であった井庭は、学生の履修のナビゲーションの仕組みをつくる担当だった。ここで、なぜ学習パターンのような新しいタイプの支援が必要だと考えたのかは、SFCのカリキュラムの特徴に密接に関係している。


最終的に出来上がった「学習パターン」はSFC外にも通用する一般的なものになったが、パターン・マイニングとパターン・ライティングのプロセスを振り返ると、SFCという具体的な対象を想定したという点は非常に重要なことだと思われる。そこで、以下では、SFCカリキュラムの特徴について説明しておくことにしたい。キーワードとなるのは、「研究プロジェクト中心」と「学年にとらわれない科目履修」である。

SFCでは「研究プロジェクト中心」というスローガンのもと、学生は学部1・2年生の段階から、興味・関心に応じた「研究プロジェクト」(科目では「研究会」という場が提供されている)に参加し、その知的活動を中心として学びを構成することが奨励されている(ここでいう「研究」とは、いわゆる学術研究にとどまらず、社会的活動や芸術的な制作も含まれている)。通常の大学・学部であれば、低学年のうちは教養科目を履修し、3年生もしくは4年生になって研究室に所属して卒論を書く、というのが一般的だろう。しかし、そのような基礎→応用というパスではなく、「最初から実践的コミュニティに所属しながら学ぶ」というのが、いまのSFCの特徴なのだ。その意味で、アウトプット志向の学びが目指されているといえる。


そして、「研究プロジェクト中心」の方針を支えるカリキュラム上の仕組みが、「学年にとらわれない科目履修」である。研究活動に必要な知識やスキルは、自分にとって適切なタイミングで学ぶことが望ましい。何に使えるかわからないのに将来のためにただ学ぶというのではなく、興味・関心や必要性に応じて学ぶ。そのためには、科目は学年で縛られていてはならない。だから、科目履修の条件から学年という要因は排除されている。誰もが必要なときに必要なものを学べるという環境を、SFCは制度としてつくっているのである。


すべての学生に、このような自由度が与えられているからこそ、学生が「自らの学びをデザインする」コツをいかにして獲得するのか、という問題に取り組まなければならない。たしかに、放っておいてもできる学生はいる。しかし、どうやればよいかわからず悩む学生も少なからずいる。そのため、「研究メンター制度」等がセットで提供されていて、試行錯誤を手助けするようになっている。


このような制度があった上でも、井庭が依然として足りないと考えたのが、学びをデザインするための「言語」であった。従来のような学年進行のカリキュラムであれば、教員が考えたレールに乗って進んでいけばよい。しかし、SFCでは学生自身が自らの学びをデザインすることが不可欠である。そのため、学びについて「考える」ための手段、「語り合う」ための手段 –––– 「思考・コミュニケーションのビルディング・ブロック」といってもいいだろう –––– が不可欠であると考えたのである。


そのような言葉/ブロックを組み合わせながら、ああでもない、こうでもないと考えたり、語り合ったりすることを支援する。しかも、学生の多様性に対応でき、学生自身の創造性を削がないかたちで言語化することが大切だ。このような問題意識のもと、学びのコツをパターン・ランゲージによって記述するという発想に至ったのである。


そこで井庭は、カリキュラム委員会において、パターン・ランゲージの考え方にもとづく「学習パターン」の制作・配布について提案した。以下は、2008年初旬に委員会に提出した資料からの抜粋である。



学習パターンのカタログ配布

学生の多様な状況・将来像に合わせて適用できるようにするように、「身に着けたい能力」と「そのための学習・履修計画案」をパターンとして記述。

● 学習パターンは、次の3つのレベルのものを設定する。

・「将来像につながる包括的なパターン」(マクロ):科目20個程度
・「目的に応じた能力向上のためのパターン」(メゾ):科目5~10程度
・「履修方法に関するパターン」(ミクロ):履修順序などのコツ


(中略)

【補足】 「学習パターン」(Study Patterns)とは

● 「身に着けたい能力」と「そのための学習・履修計画案」をセットで提示する。

● 問題解決の支援手法「パターン・ランゲージ」の考え方(後述)を援用している。
→ 以下で用いる「パターン」という言葉は、単なる「模様」「規則性」という意味ではなく、「当該分野で頻出する問題(目的)と解決の組み合わせ」という「パターン・ランゲージ」特有の意味で用いる。

● 学生の多様な状況・将来像に合わせて適用できるようにする。

● 学習パターンでは、次の3つのレベルのものを設定する。


・「将来イメージにつながる包括的なパターン」(マクロ)
・「能力向上のためのパターン」(メゾ)
・「履修方法に関するパターン」(ミクロ)

● どの状況における、どのような問題・目的のための情報なのかが明記されるため、学生の選択が行いやすい(バージョン2.0のクラスターとの差異)。

● 学習パターンは、基本的には以下のような情報が盛り込まれている。





これらのパターンが組み合わさって、ひとつの体系をつくる。これが、学習を支援するパターン・ランゲージとなる。

● 学習パターンには、その内容から3つのレベルがあり、それらは相互に関連している。




(中略)

パターン・ランゲージは、いわゆる「マニュアル」とは異なります。パターン・ランゲージでは、唯一の答えが提示されるのではなく、代替的な選択肢も示されます。また、小さな単位でまとめられており、ユーザーがそれらを取捨選択して、自分の状況に合わせて考えることが求められます。つまり、ユーザーの主体的で創造的な意思決定を尊重する方法なのです。このように、パターン・ランゲージの方法では、単に個人の能力やセンスに任せるだけという無責任は方法ではなく、過去の先人の知恵・経験を踏まえて記述されたコツを活かしながら、個々人の能力やセンスをも許容するような方法が実現できます。履修ナビゲーションにおいては、多様な興味・関心をもつ学生の主体的な選択を支援することが重要となるため、この方法が適していると考えます。



この抜粋をみてわかるように、「パターン・ランゲージによる支援」ということは掲げられているが、この段階(2008年1〜3月)で想定されていたパターンの内容は、最終的に「学習パターン」としてまとめられたものとは、まったく異なるものであった。ここでイメージされていたのは、SFCのカリキュラムに強く特化したパターンであり、「学び」のコツというよりは「科目履修」のコツであった。また、将来像をベースとしたモデルケースを提示するというのに近い。「学習パターン」の訳語として、現在のような「Learning Patterns」ではなく、「Study Patterns」をあてているというのも、この段階での方向性を象徴的に表している。


当初のアウトプットイメージがこうであった以上、この後すぐに立ち上げられる「学習パターンプロジェクト」は、この方向性にもとづいて進められることになるのである。これが、学習パターン作成の出発点であった。

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